出会えば必ず付き合えるわけではない

「恋人が居ないと輝いていられない、生きている実感を得られない」そんな恋愛依存的な女性が周りには必ず居ます。逆に「恋人なんて面倒なだけ」と言い切る女性も居ます。たまに学生時代の友人たちと集えば、恋愛の観念の大きな違いに驚かされます。どちらが幸せかと問われれば、もちろんそれは個々の価値観ですから何とも言えません。

両者ともそれなりに満足し、時には苦悩しているといったところでしょうか。恋人が居ないと不安で仕方がないと言う女性からは、前述の「自己評価の低さ」というものを感じてしまいます。求めているのは恋人の存在というよりも、欠けてしまっている「自己」の部分ではないかと、話を聞くほどに思えてならないのです。やはりそれは単なる癒着であり、共依存的な関係を繰り返しているだけと言いますか。自分自身を愛して高めて、そのうえでいつでも恋愛を楽しんでいるというのであれば、それは豊かな生活であり大きな充実と言えるでしょう。また、恋人の存在が面倒になるというのもメンタルに何かしらの弱点を抱えているパターンとそうでないパターンがあると思います。

人間ですから、どんなに愛しいと思える相手であっても時にはすれ違いますよね。自分ひとりの意志で思うように動きたいと考える時があっても、それは致し方ないです。恋人関係というものが出来れば、常にどちらかに負荷がかかるという声も解る気はします。男女の関係では多少の共依存があり、どちらかが「受け側」になるようで、それは男性が多いと聞きます。面倒と言い切る人はある意味、男性的なのかもしれませんね。持ちつ持たれつの最良のバランスを保つのは、実際はなかなか難しいことです。

相手の有り余る長所をいつでも意識して許容や譲歩をすることが出来れば、恋愛のデメリットは格段に少なくなるのではと思います。そういえば先日、ある女優さんが「結婚しない理由」についてテレビで語っていました。「相手が居れば好きな時に旅行出来ない」「ひとりだといつまでも眠っていられる」うろ覚えですが、そういった内容の言葉を軽快な口調で発していたと思います。友情や家族愛とは異なる感情を持つ者同士、安心感と引き替えの束縛の苦悩だけはどうにもならないものかもしれませんね。